私の母は小さい頃からとても心配症なんです。
「本当に大丈夫?」「危ないからやめときなさい」「もっと現実を見なさい」
あなたは、そんな言葉を浴びて育った記憶はありませんか?
もちろん、そこには母なりの深い愛情があったことは痛いほど分かります。でも、大人になった今、ふと気づくことがあります。
あの「心配」という言葉が、知らず知らずのうちに私の可能性に蓋をしていたのではないか? ということに。
最近では、私の息子のことを「〇〇君は大丈夫?」と言います。もちろん、孫がかわいいからだとは思います。ただ、この言葉を言われたときの、なんとも言えない違和感はなんなのか‥‥考えていました。
そのたびに、まるで「あの子は、一人では何もできない」と宣告されているような、言いようのない息苦しさを感じました。
あ、これは、私が感じてきたことだ…と。
実は、コーチングの世界ではこれを「ドリームキラー(夢を壊す人)」と呼びます。しかも、最も厄介な「善意」の顔をしたドリームキラーです。
「心配」とは、無意識に「相手が失敗する未来」を強くイメージする行為です。 あなたが誰かを心配するとき、実は相手をこう定義しています。
「あなたには、自力で乗り越える力がない」
「あなたは、私のアドバイスがないと間違える」
今まで本人はそんなこと考えてもいなかったのに、周りから「大丈夫?」と繰り返されることで、わざわざ「失敗の可能性」を脳内に作らされてしまう。
これこそが、無意識の足かせになるのです。
『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』という言葉があります。ライオンが我が子を深い谷底へ突き落とし、自力で這い上がってきた子だけを育てるという意味です。
厳しい世の中を生き抜く力を育てるには、過保護に守ることではなく、相手の可能性を100%信じて羽ばたかせること。
「大丈夫?」と声をかけ続けて弱い人間にしてしまうのではなく、相手を尊重し、信頼し、その可能性を信じて言葉を選んでいく。
この記事を書きながら、私も、子供や、パートナー、そして部下に対して、無意識に心配の言葉を口にしてしまうことに気づきました。良かれと思って放った「大丈夫?」という言葉が、相手の頭の隅っこに「不安」の種を植え付けていたのかもしれません。
もしあなたが、誰かを救いたい、助けたいと強く思うのなら、それは「救われるべき弱い人」を創り出していることになります。
では、どうすればいいのでしょうか?
まずは、自分が満たされることです。自分を満たせるのは自分だけです。自分を信頼し、自分を見守り、自分に寄り添い、自分を解放する。
その結果、相手を信頼し、相手を見守り、相手に寄り添い、相手を信頼し、相手を解放する。
「心配」のブレーキを外して、相手の可能性を信じれば、相手は自分の力でどこまでも高く飛べるようになります。
今日から、大切な人へかける言葉を「心配」から「信頼」に変えてみませんか?
あなたの幸せをお祈りしています。

