自分史

天使との出会い

皆さま、こんにちは。

このブログでは、私が、年商12億の法人を経営するに至る現在までの

約半世紀に渡る道のりを綴っていきたいと思います。

私は、東京都国立市で出生しました。

両親は同級生で、医学部に在学中の学生結婚。

母の家は医者家庭ではなく、父も勤務医の家であったことから

親からの支援もない貧しい新婚生活でなか

国家試験を控えてのバタバタの出産だったようです。

母の日記を読むと、その当時の様子や

母の子育てについての意気込みがよくわかりました。

そして何よりも私への愛が伝わり

書いたものを残すことは大切だなと感じたものです。

そんな訳で、私も息子を出産してから育児日記を書き続け

日記を書く習慣が出来ました。

私の幼少期は、まさに「孤独」の毎日でした。

母は、都心の病院に勤務し、毎日帰宅が夜遅く、

また、父は、広島の病院に転勤となり、長い間不在でした。

3つ下の弟は、世話に来てくれていた近所のおばさんが

自宅に連れていってしまい、一人残された私は

ずっと家の中で夜遅くまで母の帰りを待っていました。

そんなことをするおばさんのことを、長い間

私は母に告げ口することはできませんでした。

子供時代に夜遅くまで一人でいるということの

寂しさは計り知れません。

しかも、母の仕事は、医師であり、病気の人を助けるという

立派すぎる理由により、子供心にも、心配をかけてはいけないんだ

仕方がないんだと納得し、結果的に、何でも我慢する癖がつきました。

この時から、私の設定は、「我慢」となりました。

なんとか母を喜ばせたい、愛情が欲しい、褒めてほしいと思った私は

トイレを掃除することを覚えました。

とにかくピカピカにトイレを磨くことを毎日していました。

一度きれいにして褒めてもらったことが理由なのかは

今となっては覚えていませんが、とにかくどこに行っても

トイレを掃除する子供として重宝され、褒められていました。

また、唯一の母との時間は、毎晩、お風呂に一緒に入ることでした。

母は、入浴中に私に色々な相談をしてきました。

小さな私は、母が話してくる内容を完璧に理解することは

できませんでしたが、浮かんでくる言葉をどんどん伝えました。

すると母が元気になっていき

「あなたは、天才的に話を聞くのが上手ね」と言いました。

褒めてもらった私は、毎晩、母の相談に乗りました。

母は、辛いことがあった時には、感情を出して泣くようになりました。

時々、どちらが親かわからなくなる時がありましたが

母が私を子供としてでなく、一人の人間として大人と同じように

真剣に相談をしてくれたことを感謝しています。

私のコーチングマインドは、このころから培われていたのかもしれません。

泣きたいのは私だとと思うこともありましたけど

毎晩、寝る前にクリスチャンであった祖父母の影響で

お祈りをして寝る習慣がありました。

毎日、あった出来事について、辛いことも悲しいことも

お祈りで話しました。

そして、今日もありがとうございました。

おやすみなさいと言って寝ていました。

この頃から「祈り」は私の中でとても必要な儀式でした。

当時、我が家には「ちろ」という柴犬がいました。

ちろと一緒に毎日散歩に行くようになり

心が楽になるのを感じました。

家の近くには、まだ、開通していないバイパスがあり

そこまで走って行くと、青空を見上げて、休憩するのが習慣でした。

ある夜、夢に、そのバイパスが出てきました。

いつものように、ちろとバイパスにいるシーンかなと思いましたが

夢の中に、ちろはいませんでした。

空を見上げると、天使が降りてきました。

天使は、私の頬を両手でなでてくれました。

その時に「大丈夫」という声が聞こえました。

根拠などなにもありませんが、私は大丈夫だと確信した瞬間でした。

天使との出会いは、寂しい気持ちを抱えながら

孤独の中で明るく前向きに生きていた私に起こった

奇跡のような体験でした。

その時から、少しずつ、私の中で、ある変化が起きていきました。