自分史

福祉の道へ

私の祖父は、昭和23年に社会福祉法人を設立した後、東京で一番最初に特別養護老人ホームを作りました。母は、その施設の中の診療所で医師をしていましたので、小さなころから、私は施設の職員や利用者の方に遊んでもらっていました。当時は、今よりも元気な高齢者の方が沢山いらっしゃったことからも、文化祭や夏祭りの時には沢山の地域の人や子供達も来ていました。そんな影響から、小学校高学年では、介護の仕事を体験させてもらい、夜勤業務も体験しました。夜中のおむつ交換を終えて朝を迎えた時の、魂が洗われるような爽快感と清々しい気持ちは今でも鮮明に覚えています。11歳の私が、高齢者や、障害によりできなくなってしまった方のお役に立つことができることが、ただただ嬉しく感動しました。そして、介護の仕事の素晴らしさをこの年で体験できたことは、本当に貴重でした。

そんなこともあり、それからは、毎日のように学校が終わると、施設に行き、洗濯物を畳んだり、2歳上の従姉と一緒にご利用者の居室を回って、ピンクレディの曲を歌って踊って見せたりする生活が日課となっていました。

あまりにも長く施設での毎日を見てきたため、成長するにつれて華やかな世界に憧れた私は福祉の仕事を選択することなく、芸術の道を目指すのですが、、臨床心理学に出会い、学びを進めていくうちに、私の使命は、子供の頃に私を育ててくれた人々を再び助けることであると思うようになりました。

臨床心理学の学びと並行しながら、社会福祉士の国家資格を取得し、介護保険導入の少し前から某市の訪問看護ステーション併設の在宅介護支援センターの相談員としてのスタートを切りました。毎日、介護保険の認定調査に明け暮れるとともに、在宅の高齢者の課題や問題点を目の当たりにしました。また、在宅で看取るための体制は、地域ごとにばらつきがあり、地域医療の必要性についても痛感しました。

ソーシャルワーカーとしての経験を積んだ私は、その後、家業の社会福祉法人に戻る決意をするのでした。